日本給水党(団地給水塔鑑賞ブログ)

給水塔がある団地の写真を撮っています。

大阪府営矢田部住宅

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完成:1959年(昭和34年)
管理戸数:303戸
撮影:2008年9月
大阪府住宅供給公社による紹介ページ
地図

長居公園から程近い場所に位置する団地。
建替えが進んでおり、2基あった給水塔のうち1基は既になくなっていました。
残ったこの給水塔も下部がフェンスで覆われていて、いつ取り壊されてもおかしくない状況。
おそらく後から描かれた可能性が高いですが、ワコールを思わせる色使いのラインが印象的です。

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給水塔が見えたら、そこは団地。

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ほら、見えてきた。

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稲穂の向こうに見えるは団地なり。
薄い住棟、極端に低い住棟番号など見所満載。

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給水塔の横のポンプ室。デザインも似ています。

さて、今や半分近くが建替えられたこの団地ですが、実は昭和35年に建設大臣表彰を受けた由緒正しき団地なのです。
「府営住宅の歩み」(大阪府建築部住宅建設課/1985年)に、当時住宅建設課長であった寺島三雄氏が左藤義詮知事のお供をして矢田部団地を訪れた際の回想を書かれていますので、少し長くなりますが引用します。

徳利型をした給水塔を中心に、4・5階建の共同住宅が整然とならんだ団地の光景を眺めて色々と知事に説明した。
知事は大変なご機嫌で、住宅への情熱を一期一会の奉仕と修道に結びつけて、話されていたのを思いおこさずにはいられない。大阪府が、府営住宅の大量供給や千里・泉北の開発に、世紀の大事業を手がけられたのも、建築部や企業局の地道な努力とともに、この知事の情熱に負うところが大きかったのではなかろうか。


まず注目してほしいのは、“徳利型”という表現が用いられている点。
僕は勝手にとっくり型と名づけていたのですが、間違いじゃなかったんですね。
そして、恥ずかしながら僕は名前も知らない方だったのですが、左藤知事という方が府営住宅の建設に果たした役割は大きかったようです。
現代の住宅需要に応じて住棟が建替えられるのは当然のことですが、大阪府における団地建設の歴史をふまえて、せめて給水塔だけでも残してほしいと思ってしまうのは、僕のようなマニアだけではないと思うのですが…。いかがでしょうか?
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2008年10月結党。 以来、世間一般からはもちろんのこと、団地鑑賞界においても給水塔鑑賞界においても傍流に置かれがちな“団地の給水塔”の地位向上を目指し活動している。

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